老いとロック・・・Mardy Bum

Wetyjgjq 人間は二十歳から老いが始まるらしい。そう聞くととても早いと思うが、もちろんその頃に自分の老いを自覚することはあまりないと思う。自分の老いを感じるのは人それぞれだ。それは肉体的なものだったり、精神的なものだったりいろいろだ。僕の場合は幸いにも肉体的な老いはまだ感じていないけれど、自分の興味分野、趣味的分野で自分より若い人間が活躍している、またはその頂点に立つ人間を見ると自分がもう若くないのだと感じる。それは例えばF1レースの世界や野球やサッカーのスポーツだったり、もちろんロックという音楽の世界だったりいろいろだ。明らかに自分より若い人間が活躍し、またその頂点に立っているのだ。以前は自分より歳上の人間が活躍していた。それは無条件に尊敬の対象となりえた。今はどうか、自分より若い人間ももちろん尊敬すべき対象だけど、そうすんなりはならない。どれだけ偉大な記録を出したり活躍しても素直に尊敬や憧れとはならないというのは自分にとって少しショックでもあるし複雑で不思議な感覚だ。

最近よく聴くArctic Monkeysなんてまさにそうだ。彼らは古き良きブリティッシュロックのセンスの良さを備えていて、それは否が応でもあふれる白人の若い頃のパワーを上手くロックにしていると思う。若いパワーは下手をすると単純にダサくなってしまいがちだけど、彼らは違う。とてもクールだ。でも、彼らと僕は世代がかなり違う。「奴らはすごい!」と思う。でも、それまでだ。例えば、ビートルズに憧れ、彼らの音楽、生き方、詩だけでなく、インタビューの発言まで全て無条件に受け入れ、大きく影響される。The Whoピート・タウンゼントの人生論に無条件に賛同し、勉強する。若い頃は年上の憧れのミュージシャンが誰でも自分にとっては簡単に「人生の師」となりえる。
それがArctic MonkeysだったりFranz Ferdinandになるとそうはならない、なりえない。彼らが歌う詩は自分には「今の若者はこういう風に考えるのか・・」と参考程度のものとなってしまう。こうなると(それを自覚すると)自分にとってちょっとした転機なのじゃないかと感じる。

歳をとると人間は無意識的にも自分のルーツに戻るというが、ロックの世界ではブルーズに回帰する。クラプトンなんてまさにそうだけど、若い頃やんちゃだったミュージシャンも落ち着いてブルーズに浸る。
聴き手もそうだ。若い頃はギンギンのハードロックだったりアップテンポな曲ばかり聴いていたのが、いつのまにか次第にスローバラードだったりミドルテンポな曲を好むようになってしまう。それは分かっていても止められない。誰しも逆らえない事だ。老いはとても惨めで悲しい。老いる事で味わえる楽しみはもちろんあるけれど。今年で29歳になる人間がまだ言う話じゃないけど(^^ゞ、最近よく感じることなのだ。

 そんな今の自分が良いと思うArctic Monkeysの曲がアルバム「Whatever People Say I Am,That's What I'm Not」(長いタイトルだな・・)の9曲目「Murdy Bum」、最後の13曲目「A Certain Romance」だ。駆け抜けるような曲ばかりの彼らのアルバムで数少ないミドルテンポな曲がとても良い♪
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