浅間温泉の公衆浴場「鍵湯」

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浅間温泉入り口

信州松本に移住して2年。浅間温泉に新築を建てた。浅間温泉という場所を選んだのは北アルプスの眺望が良いという事と、もちろん身近に温泉に入れること。
お隣の美ヶ原温泉と並び「束間の湯」として奈良時代の文献に出てくるほど歴史が長い温泉地。小さく隠れ家的なお宿がいくつか点在する美ヶ原温泉と違い、浅間温泉は大きなホテルから歴史ある高級旅館まで様々で、かつては松本駅から路面電車が直通していたほど賑わった一大温泉地。しかし今ではまさに日本の衰退した典型的な温泉地といった感じで、すっかり寂れている。例によって大○戸温泉や○快リゾートみたいな格安ホテルグループが潰れたホテル跡地を買収して運営しているのもあれば、星野リゾート界が進出していて、プロから見たらまだ可能性?魅力?の余地があるようだが…。

浅間温泉は3つの日帰り入浴施設の他に、13箇所もの地元専門の公衆浴場があり、温泉ファンには特筆すべき温泉地。見た目は小さな公衆便所みたいだが、木造からコンクリート製、掘っ立て小屋みたいなものまで様々で、13箇所を全部探すは困難なくらい寂れた温泉街に溶け込んでいる。例えば別府や由布院、同じ長野県で言えば諏訪のように一般の家庭にお湯がひかれているほど豊富な湯量には恵まれていないが、13箇所というのは国内有数の規模。かつては番台が常駐して一般客や観光客も入れた浴場がいくつかあったけど、今は湯坂通りにある「仙気の湯」一箇所のみ。野沢温泉草津温泉のように今でも多くが観光客や一般客に開放されているのとは違い、契約した地元民専用の浴場となっている。すっかり閉鎖的になっているが、管理運営する人たちの高齢化、コストの問題、そして一般利用者のマナーなど、様々な問題で今にいたっているようだ。
お湯は源泉温度50℃。やや硫黄味のある無色透明の単純アルカリ性。使用温度も肌に刺さるようなキリリとした熱いお湯がたまらない。いくつかの源泉をブレンドして各公衆浴場に配湯されている。恵まれた高温泉のおかげで、加水加温無し、消毒も循環ろ過も一切無しで完全かけ流し。まさに文句のつけようのない100点満点のスペック。自宅から一番近いとある公衆浴場と契約。一人月¥2000(各施設によって異なるが、¥2000~¥3000が相場のよう)。温泉でない沸かし湯の公衆浴場でも1回¥400くらいが相場だから、5回入れば元が取れる。我が家はあえて新築時に自宅にお風呂は設けず、完全な温泉生活を送ることにした。

各公衆浴場は湯の権利を持った個人がそれぞれ管理運営し、直接その湯権者と契約すると鍵をもらい、入口を開けて入る。なので「鍵湯」と呼ばれている。各公衆浴場によっても違うが、自分のところは朝5時半から夜9時半まで入り放題。時間外は清掃時間となり、湯権者自らが毎日掃除しているところもあれば、業者に委託して清掃しているところもありいろいろ。
殆どはシャワーなどの設備が無く、椅子も桶も一切なし。お湯の出る蛇口も一箇所のみ。洗髪や体を洗うのは一般の家庭のように桶で湯船からお湯を汲んで流す。湯船の大きさは4~5人が入ればいっぱいになる程度。昔から利用している地元の年配者はもちろん、信州大学が近く、寮やアパートが多いので、学生さんの利用も多い。日々老若男女が挨拶を交わしながら公衆浴場を利用する信州の温泉生活が見られる。

このように浅間温泉は一般に開放されている昔からの公衆浴場が少ないので、他の信州の温泉地と違い「大湯」と呼ばれるシンボルの浴場がない。北陸地方で言えば「総湯」のように。各個人が運営管理していることもあり、浅間温泉の観光協会でも13箇所の公衆浴場の実態がよく分からず把握できていない。なので、温泉を利用していない地元民に鍵の事を聞いてもほとんど知らないようだ。

そんなことで個人的に今の鍵湯と契約するまでに情報収集などほんとうに苦労した。個人が管理しているが故に、どこの人とも分からない人に利用されては困る、マナーの悪い人に利用されては困るなど、最初は結構警戒される。仕方のないことだ。でも晴れて認めてもらい、湯仲間となり鍵を手に入れると、信州の温泉生活を満喫できる(逆に言えば、ちゃんと挨拶ができ、マナーに問題のない常識のある人なら誰でも利用できるということ。実際に地元の浅間温泉に住んでいなくても、近隣の松本市民だけでなく、遠く安曇野に住んでいる人も利用している人がいるらしい)。

 

長野県は温泉の数では北海道に次いで全国2位だけど、温泉の銭湯の数は日本一。多くの県民の生活にとって温泉が身近。冷涼な気候の県にもかかわらず、平均寿命が男女共長いのは、温熱で体の免疫が上がり病気になりにくい、近所の者同士会話が弾みストレスも発散。温泉の賜物ではないかと思う。